― 改革か守旧か、革新か安定か、さまよう2007 年日本 ―
はじめに

バブル経済が崩壊した前世紀90年代の日本は、その後デフレスパイラルという長い経済的負の連鎖に入った。Dエコノミー(著者造語)社会だ。長く引き続く景気低迷経済(デフレーション)で収益が悪化した企業は、人件費や雇用を抑制し、リストラや賃金所得の減少を生み、国の税収がダウンした。国家政府は財政赤字(デフィシット)による赤字国債を累積化し、緊縮予算を組まざるを得なくなり、改革、および社会福祉や公共事業投資も抑えざるを得なくなった。
そして、まだまだ続くデフレ(経済)に、土地や株式といった企業資産や社会的資産の消失(キャピタルロス)が加わり、企業も国も過剰債務状態になり、銀行や企業は多大な不良債権(デット)を抱えることになった。
このDエコノミーを脱却するためには、社会的・経済的・国政的な構造改革しかないと、「改革」を旗印にした小泉政権が誕生した。「改革」 に反対する勢力は、保守や守旧と呼ばれ指弾され、国会議員総選挙では 「刺客」 を送られ、多くの若いエネルギー(?)小泉チルドレンが当選・誕生した。それなりに成果した金融改革につづく小泉改革の本命、郵政改革が、ただ 「改革に賛成か反対か」で選挙の争点になってしまった結果だ。

しかし、依然として引き続く景気低迷で税収の伸びが期待できない上に、赤字国債の発行もままならず緊縮財政は続いた。それ以上に大きな国家的社会的問題として深刻になったのが、少子高齢化と人口減少社会化であった。そのために胎動している社会や人々の価値基準の変化を見逃して過したこの10年であった。加えて、強引に進めたいわゆる 「改革」 が社会や人々に大きな傷や痛みをもたらした。
改革の推進を進めようとした安倍政権が挫折し、改革の傷みを手当てすることを標榜した福田政権が誕生した。安倍政治の支柱だった憲法改正をネライとする戦後レジームの脱却という体制問題が後退し、年金や介護、および国民の日々の生活問題や政治とカネの問題が前面化した。「生活第一」 をかかげた民主党が先の参議院選挙で第一党を獲保、野党が過半数を占め、自民党らしい自民党・福田政権になった。
「あるがままを、あるがままにみる」ことに努めて始めたブログ2006年版100篇を『情報幼児国日本』(武田出版)としてまとめ、出版した2007年4月の日本はすでに彷徨っていた。「改革か守旧か、革新か安定か」ということ以上に国の姿や体制についてであったが、現実は政治とカネの問題、および虚偽と隠蔽の横行やスキャンダルが日々の政治問題になって終始した。
この直近の2007年の一年間をトレースしようと、社会的マーケティング・エッセイのブログ(吉澤兄一のブログ)100篇をまとめたのがこの単行本である。2008年になって2007年をレヴューするのはどうも苦手だし、後向きのイメージでいやだと言われれば、この「本」の意味が薄れ、人々の関心から遠いものになるだろう。しかるに、いつも問題となり、くり返す失敗は、レヴューや反省、および検証もチェックもなく、 「同じ間違い」 をくり返すことによっている。
政府や役所、および企業や私たち個人個人において、いつも問題になる問題は、くり返される偽装やごまかし、および虚偽というスキャンダルにあった。事実や真実が虚偽であっては何を探究し、何を語り合うことができるのか。この国やこの社会の問題なのだ。
情報社会や高齢者社会になって、私のブログやそのまとめであるこの「本」も、文章のやさしさや読みやすさに難点があり恐縮している。その稚拙さをお許しいただき、このようなブログのまとめ本もあるのだなと、ご一読いただければ本望です。
ニ〇〇七年十ニ月 筆者

