政治や政治家のチルドレン性

83人の小泉チルドレンだけではない

チルドレン性が、政権や国会議員のシンドロームになっている様相は、83人の小泉チルドレンだけに見られる姿ではない。

小泉改革反対派議員の復党をめぐるドタバタや政権与党のアイデンティティのなさは、まるで小学生や最近の小中学校の教員や校長の何かの弁明会見と同じでチルドレン性丸出しだ。

市民や国民の代表として国政に参加している自覚と責任、何にも増して「やはり、二世だ。チルドレンだ。」と言われないよう、国民や国の行方を展望し、人々の幸せや希望を達成するための行動に汗して欲しいと願うばかりだ。

ゆかり、さつき両議員と復党問題騒ぎ

国会議員になる前の佐藤ゆかりさんや片山さつきさんの経済や政治問題などについての発言や活躍の影すら失くしたお二人の成長ストップというより後退は残念だ。

当時の体制与党自民党に、「いいことを言われ」、「その気になり」、「担がれ」立候補し、岐阜や静岡の人々の同意や支持を得て当選し、国会議員となったのでしょうに、岐阜や静岡や国民が託した一票一票の思いや期待をどの程度自覚されているのだろうか。

選挙民の委託は、いつも「一期」なのだが、たかだか2〜3年の代議士をしてしまうと、まるで既得権益をいただいたとでも思うのが誰もなのだろうか。と言って、復党組を支持して言っているのではない。どちらのどなたもコップの中の利権や既得の何かに大騒ぎしているチルドレンに見えるのだ。

公聴会やタウンミーティングなどにみる幼児性

公聴会は、国会などの事案審議の過程で、ふつうの人々(選挙民)の意見を聞き、自分達(政治家や官僚)が、一般の世の中とズレていたら「それを直そう」としてやるのかと思ったら、「ただ、やれば、いい」らしい。
「どのような意見がだされようとも」役人や政治家が作った作文(法律)は修正するところなどないのだ。

タウンミーティングも同じだが、実はもっと性格が悪い。

できるだけ、国民、それも地方ではたらいている人々や、議会制民主主義といってもなかなか「自分の考え」を言えないような人々の意見を、 広く、生で聞くという触れ込み(イメージ)で、いろいろなところでやっている。